生きる意味がわからない…幸せのキッカケはいつ訪れる?

ハート型の月

憂鬱でぱっとしない毎日だけど

朝の目覚めは「はぁ、今日も始まるのか」

乗り気ではいけど身支度を整える

淡々とやるべきことはこなす

とりあえずお腹が空いたから食事をする

サッパリしたいからお風呂に入る

そしてテレビを観たり、スマホを観たり

疲れたから就寝する

毎日同じことの繰り返し

そんなパッとしない毎日

なんとなく空虚感を感じる

なんのために生きているんだろう……

目覚めた時からのゆううつ、すごく辛いですよね。

一日のモチベーションを上げるのも一苦労です。

代わり映えのない毎日ほど、平和な毎日ほど、生きてる意味を追求してしまいます。

しかし、生きている意味を自分で後付けしてみても納得のいく答えは出ません。

そして時々、全てを投げたしたくもなってしまいます。

そんな時に気づいて欲しいことをこれからかきますね。

まず生きているだけでいいのです

そう、まず生きる意味なんて考えず、生きているだけでいいのです。

ギリシアの哲学者のプラトンは、

「どの生物にとっても、生まれてくるというのは、初めからつらいことなのだ」

と言っています。

確かに、そう思いませんか?

過去の私は、毎日がゆううつで、生きている意味がわからなく、人生なんてどうでもよかったです。

しかし、現在は真逆に変わりました。

どう変わったかというと、

守べき者ができて、「生きたくない」から「生きたい」に変わったのです。

そして、自然と生きる意味を見出せました。

キレイゴトにきこえますか?

しかし、昔は自暴自棄で何度も人生を捨てようとしていた私は、そのキレイゴトのような出来事がキッカケで生きる意味が見出せたのです。

 

キッカケは本当に思いもよらないところから舞い降りてきました。

「生きていればいいことがある」

なんて昔から言われ続けてきたけど、まんざらでもないのだなとその時に実感したのです。

なにがキッカケになるかは神のみぞ知る

私の場合は、守るべき者ができて生きる意味を見出せました。

そして、おのずと幸せを感じられるようになったのです。

しかし10代の頃だったら、私にこのキッカケは通用しなかったと思います。

考え方が今とは180度違い、ものずごく歪んでいたので。

人生って意外とうまくできているなと私は感じています。

毎日絶望の中をさまよっていた私ですら、何度も遠回りしてきましたが、生きる意味を見出せました。

そして、キッカケは全く前兆もなく現れました。

あなたにも生きる意味を見出すキッカケ、訪れると思います。

それはいつになるとは言い難いですが、遠からずキッカケには出逢えるはずです。

それまでは手探りでいいのです。

手探りをしながら、生きる意味のキッカケを掴み取る。

それが生きることなのだと私は思います。